日本人が作って、台湾人が守った街——台北・林森北路の条通へ
バブル期の日本人商社マンが通い詰めた台北の夜がある。神戸出身のマスターが今も店を守り、懐かしいカラオケバーがそのまま残っている。条通は、日本が台湾に置いていった、台湾のものになった場所だ。

この横丁を作ったのは、日本人だった
林森北路(リンセンベイルー)の六条通に入ると、建物の間隔が狭くなり、暖色の看板灯りだけが浮かんでいる。日本語の話し声が漏れてくる店があり、その隣は台湾語、さらに奥には繰り返しの流れるBGM。
台湾のガイドブックに「夜遊び」として紹介されることが多い条通だが、その起源はまぎれもなく日本だ。
1985年のプラザ合意で円高が一気に進んだあと、日本企業は台湾への投資を加速させた。多くの商社マンや駐在員が台北に送り込まれ、彼らが仕事帰りに向かった先が、この林森北路一帯だった。最盛期には六百軒以上の日本式スナックやクラブが軒を連ね、深夜まで日本語が飛び交っていた。
条通(じょうどおり)という言葉自体が、日本語の「通り」と中国語の「条」を組み合わせた台湾独特の表現だ。日治時期(日本統治時代)に「大正町」として整備されたこのエリアは、京都に倣った碁盤の目状の路地が一条通から九条通まで続いている。日本人が設計し、日本人が遊んだ街は、やがて日本人が去ったあとも、形を変えて残り続けた。
「笑顔を売る、体は売らない」
条通の日本式スナックが、一般的な風俗店と根本的に異なる点がある。
身体的なサービスは一切ない。キスもだめ。最高級の店では、女の子は全員アップスタイルで高スリットのチャイナドレスを着用し、生け花とゴルフを習い、ビジネス会話ができるレベルの日本語を身につけていた。
彼女たちが売っていたのは、「誰かに本当にそばにいてもらえる」という感覚だった。
見知らぬ街で出張を終えた日本人がカウンターに座ると、短い時間で「この人が今夜求めているものは何か」を見抜く必要がある。話を聞いてほしいのか、褒めてほしいのか、ただ一人でいたくないだけなのか。そしてその方向に、気づかれずに導いていく。台湾では「察言観色(サーイェングァンスー)」と呼ばれるこの能力は、日本のスナックのママやホステスの仕事に通じるものがあるが、条通ではそれが特に高水準で求められた。
Netflix ドラマ『光(ひかり)』(原題:華燈初上)は、1988年の条通を舞台に描いたミステリーだ。日本でも配信されているので、ご存知の方もいるかもしれない。あのドラマに漂う空気感——旗袍、薄暗いカウンター、日本語の会話——は創作ではなく、当時の現実だった。
神戸から来たマスターの店
条通に、日本人しかほとんど知らない店がある。
「酒菜小屋」。場所は七条通の奥のほうで、L字型のカウンターにわずかな席しかない。マスターのMuro桑は神戸出身で、台湾に渡って自分の店を持った。メニューは牛タン、泡菜(キムチ)、魚の内臓など、日本の居酒屋で見かける肴が中心だ。
当然、日本語で通じる。
海外のメディアにはほぼ記録がない。ここを知っているのは、条通に縁のある日本人か、よほど深くこの街に入り込んだ台湾人だけだ。
同じ七条通には「名度(めいど)」という日本人オーナーの老舗カラオケバーがある。入ってみると、昭和の日本のスナックに迷い込んだような感覚がある。小さなステージがあり、頭上に吊るされた観葉植物が歌い手の顔を程よく隠してくれる。チャージ制で気軽に入れる。
日本の地方都市のスナック街から消えていったもの——それがここには残っている。
変わったこと、変わらないこと
1990年代に入ると、日本企業の台湾撤退が進んだ。客が減り、取り締まりも厳しくなり、ピーク時の面影は薄れた。
それでも条通は消えなかった。
日本式スナックはまだ営業しているが、その隣に台湾の若者が集まる居酒屋や日本酒バーが並ぶようになった。九条通の「知心寮(チーシンリャオ)」は、国際唎酒師資格を持つオーナーが百種類以上の日本酒を揃えるバーで、三軍鍋という鍋料理と一緒に楽しめる。カウンター席でじっくり飲む場所として、台北に住む日本人の間でも評判がいい。
条通は今、日本式でも台湾式でもない、独自のものになっている。
夜の終わりに
条通の店は深夜三時、四時まで営業していることが多い。
お開きになったあと、多くの人が麺を食べに行く。林森北路 67 巷の角に看板のない屋台がある。地元では「麗英麵攤」と呼ばれていて、ごまだれ麺が主役だ。さらに歩くと、279 号に「高家莊米苔目(ガオジアジュアン ミータイムー)」という五十年近く続く店がある。深夜でもスープとルーロー飯を出してくれる。
隣に座っているのが、さっきまで店にいたママさんだったりすることもある。
訪れるなら
時間帯: 夜九時以降でないと雰囲気が出ない。ピークは深夜零時前後。
名度(七条通、林森北路119巷25号)— 日本人オーナーのレトロなカラオケバー。チャージ制、ドリンク2杯付き。敷居は低い。
酒菜小屋(七条通)— Muro桑のカウンター席。日本語で話しかけていい。
知心寮(九条通)— 日本酒バー、英語・日本語対応可。
吞兵衛(トンベイ)(林森北路119巷28号)— 二十年以上続く老舗居酒屋。食材は一部日本から仕入れている。
条通に行くとき、日本語で話しかけてみてほしい。ここを作った人たちの言葉は、まだこの横丁の中に生きている。
